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JYJ、遂に放送の春が訪ねて来るのか?

category - JYJ
2015/ 03/ 27
                 




JYJ、遂に放送の春が訪ねて来るのか?

  2012年 11月 28日、SMを相手にした JYJの長くて訴訟の航海が終わった。
2009年 7月 31日 SMの度が外れた長期契約と収益分配の不公正さを申し立てて専属契約無効を主張して始まった JYJの訴訟は 3年 4ヶ月という時間を経て両側の合意で仕上げされた。

23,24才時始まった訴訟が、JYJメンバーが28,29才になって幕を下ろしたのだ。
だが、それが終わりではなかった。
訴訟中という理由で放送で探せなかったメンバーは、訴訟が終了した以後にもドラマなど個別活動の他には各種音楽プログラムや芸能で探せなかった。
ついには、2014年8月7日放映された<ソルゾン(舌戦)>で、評論家ホ・ジウンが、地上波放送出演スケジュールがないJYJに対する遺憾を表示して、訴訟以後にも暗黙的に持続している放送関係者の出演禁止カルテルに対して非難をした。だが、キム・グラなどが言及したように、各種音楽放送と芸能番組は強大な権限を行使しているいわゆる'放送関係者の沈黙のカルテル'が存在する限り避けられないという点を再認識する契機になっただけである。


<一夜の TV芸能> パク・ユチョンそしてキム・ジェジュン

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 だが、2015年春、花冷えの寒さをはね除けて探してみる春日差しのように、放送と芸能番組でJYJの姿が少しずつあらわれ始める。

3月25日、既存8時55分を新しく11時15分に放送時間帯を変えて訪れた<一夜のTV演芸>は、変わった時間帯よりさらに変わった新しい容貌を見せた。まさに、'一夜のレッド カーペット コーナー'で 来週初めてデビューする<匂いを見る少女>の二人の主人公パク・ユチョン、シン・セギョンを招いたからだ。
いったい新しく始まる自社の平日ミニシリーズの主人公を放送演芸プログラムに招いたのが何を驚くことだというのか?

ホ・ジウンが SMをヴォルデモートと指し示したように、SMの強大な影響力は放送演芸プログラムにJYJの跡を消したし、パク・ユチョンは平日ミニシリーズの主人公ですでに何回も出演しても 放送演芸プログラムで正しくなされた照明を受けたことがなかった。 さらに彼が出演した<スリーデイズ>の場合は、'レッド カーペット'どころか製作発表会に対する記事さえまともに出てこなかったし、番組では次に放映される<スリーデイズ>に対して放送の最後に SM所属でないユン・トヒョンのコメントで、次に<スリーデイズ>が放映されるというやむを得ない紹介だけがあったのみだ。

そのような'プルロ'処理とも同じ取り扱いと比較すれば、'レッド カーペット'というコーナーで単独でパク・ユチョンが出演するプログラムを紹介するのは大きな進展だ。 そこに、この日放送末尾には、31日軍入隊を控えて最後のコンサートをするキム・ジェジュンのセルフ広報映像まで付け加えた。 隔世の感だ。


EBS <スペース共感>のキム・ジュンス

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 26日午前、さらに驚くべき記事が登場した。
これまでミュージカル舞台で独歩的な活躍を見せたJYJキム・ジュンスが、EBSスペース共感舞台に立つことになったということだ。 3月20日危機に陥った<私は歌手だ>に キム・ジュンスが適当というマイデイリー イ・スンロク記者の提案に続き、10asia クォン・ソクチョン記者の <スペース共感>舞台ならばキム・ジュンスに機会を与えることもできないか という各種提案が登場して、ファンたちの涙ぐましい請願が続いた中で、EBS側はキム・ジュンス出演を確定した。 他の二人のメンバーが放送が 詰まったドラマなどの領域を通じて それでも着実にファンたちと会う機会を得たのに反して、ひたすら音楽的領域に集中してきたキム・ジュンスだったから 今回の出演はより一層発展的成果だ。


たとえ惜しい初めての足跡でも

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 もちろん惜しい。
<一夜のTV演芸>末尾でセルフ広報動画をリリースしたキム・ジェジュンのコンサートは、31日軍入隊を控えた最後のコンサートだ。 軍隊に行く頃に少し短い広報動画を送り出すことになった境遇は片方では痛ましいほどだ。
パク・ユチョンも やはり今年軍入隊を控えていてキム・ジュン首都来年入隊をする予定だ。 そうなると個別活動は各自2年後にでなら、そして完全体としてのJYJの活動は3年以後になら可能だ。 無常極まりないとすら感じた新芽でもある。

また、パク・ユチョンの<臭いを見る少女>に対する広報も泣きながら辛子を食べる式だ。
その前作<ハイドとジキル、私>があまりにも低い視聴率で放映終了をする境遇であるから、<匂いを見る少女>を自ら製作するSBS側には尻に火がついた状況で、'沈黙のカルテル'を無力化させるだけのことはある。 また、果たしてこのような関心はハプニングではないのか、以後 製作発表会と視聴率公約で言及した10%達成以後に もう一度レッドカーペット出演を成し遂げるのかどうかも見守らなければならない問題だ。 キム・ジュンスの場合も、今やっと地上波ではない教育放送出演を成し遂げた程度だ。 果たして イ・スンロク記者の提言のとおり、地上波音楽ステージ上でキム・ジュンスの公演が成功した後にファンファーレを放っても遅くなかった。

 それにも関わらず、23,24才のあどけない青年たちがすでに三十近い円熟した青年たちに成長していく時間を、絶え間ない努力で満たしてカーテンの光を開かせるこの開化の場面は逃すことはできない。
感動の拍手を送る。

(ソース 3/26 mediaus




※ 参考: 2014,8月7日放映された<舌戦(ソルゾン)>の記事


■ 呼んではいけない名前JYJ、'ソルゾン(舌戦)'に出たか

[TVレビュー]JYJの放送活動制約扱った芸能審判者、少し残念な理由

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 グループJYJがテレビに出た。もちろん直接出たわけではない。
JTBC<ソルゾン>芸能審判者コーナーでJYJについて扱ったものだ。
いったい一つのグループを放送で扱ったものがそれほどに大したことか? なんと5年ぶりだ。
放送番組、それも芸能プログラムで堂々と、JYJを論じて、彼らが今年の5年間放送で見せられなかった事案について露骨に話したのだ。

しかし<ソルゾン>だけだ。ホ・ジウンは、JYJが放送に姿を見せることができないようにしたカルテルの主体であるSM (JYJが東方神起として活動した当時の所属事務所) は 'ハリー・ポッター'シリーズの登場人物ヴォルデモートか?と、なぜ言えないかと反問したが、先の5年間、そして今もJYJは芸能界に存在するが存在してはならない人たちのような扱いを受けてきた。
そんな彼らに対し初めて口を開いた芸能審判者、それだけでも<舌戦>としての資格はありそうだ。

 この日、話題の突破口を開いたのは、最近放送を通じて見えてきたJYJブランドの広告だった。
いろんな音楽、芸能番組が始まる前に'ひとりのためのみんな、みんなのためのひとり' というキャッチフレーズを掲げたこの広告を通じて、アーティストとしてのJYJの位置と力量を見せるという意図で作られた広告を披露した。
一体どうしてJYJは、李ユンソクが大企業の広告費用に匹敵すると舌を巻くほど天文学的な費用をかけて広告を披露することになったのか?

その理由はただ一つだ。
7月29日、3年ぶりに、正規2集を持ってカムバックしたが、彼らの音楽に音楽番組を通じて接することができない状況のためだ。彼らが東方神起という名前で所属していたSMとの長くて退屈な法廷争いは終了したが、依然として放送街で自分たちの音楽を人に聞かせる舞台が彼らには許されない。

そして<ソルゾン>は、勇敢にこうした芸能界の慣行として定着してしまったJYJの放送封鎖を扱った。もちろん、JYJの問題を全面的に扱ったという事実に感泣するのとは違い、扱うやり方の公正さは首をかしげるに値する。


・JYJの活動の封鎖、ただ'慣行'の問題なのか?

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 たとえ個人的な活動と成果を見せても、依然としてグループとして自分たちの音楽を放送を通じて聞かせられないJYJについて、ホ・ジウンが第一線のPDの意思を圧迫している上部の圧力を明らかにした反面、キム・グラは 中国と台湾の例を挙げて、簡単に選択の問題あるいは慣行として片付けてしまう。 仮に音楽番組だけでなく、SM出身の芸能人が多数布陣した芸能プログラムにおける封鎖も避けられないものとなってしまう。

そのような不公正さを一般的な慣行と便利に化かしている反面、JYJ の各メンバーが成し遂げた多方面の業積によって、あるいはその過程で稼いだ収益によって彼らの放送禁止が相殺されて補償されているようなニュアンスまで漂わせる。
彼らによってその他のアイドルの契約期間と処遇を考える契機が設けられたことなどは抜きにした言葉だ。まるで政界の紛争を便利に両論とみなすように、放送は便利にJYJとSMの立場を伝えることで止める。

さらに甚だしいことに、東方神起を脱退し、JYJへのこの5年間の活動に対するファンの熱烈な支持を、「弾圧を受ける私の兄 に対する憐れみ」として片付けてしまう。
どんなファンダムよりも戦闘的にJYJの不当な対処を先頭に立って教え、そのために投票にまで先頭に立ち、物心両面の支援を惜しまないファンの'正義'を、ただアイドルファンダムのファン心と限定させてしまったのだ。

最初にJYJとSMの対立を芸能界に幾多の利権の争い程度に限定してしまったら、ファンの戦闘意志も、長年のファンたちの'義理'というだけで残ることになる。

そこでさらに、MBCドラマ<トライアングル>に出演したジェジュンと、彼の後続作に帰ってきた<夜警員の日誌>のユノ・ユンホの励まし合いの言葉を紹介し、東方神起として一つの舞台に立つ日を期待するとJYJに対すると、話に結末を付けた。

言葉はいい。
最近のgod (韓国の5人組男性アイドルグループ) のように、過去の歌手たちが再び団結し一つの舞台に立つのがトレンドになる世の中で、東方神起を見ることができたらという願いは素朴な願いであるかもしれない。
しかし、JYJ3人を除いた残りの東方神起の二人は現在東方神起という名前を掲げて活動しており、彼らが所属しているところが依然としてSMである限り、そのような望みは、JYJの放送出演を望みながら'JYJ ON TV'というキャンペーンを全国津々浦々で行っているファンは 終わらない退屈な戦いを繰り広げアルバムを出すことができるだけでも満足している、とするやや労しい所感は、JYJには言葉のいい徳談であっても 再び傷になるかもしれないのだ。

 5年ぶり、何とか、しかし、満足することはないようだがテレビ芸能評論番組を通じ公開したJYJ。
.どうかこのような試みがきっかけとなり、彼らがこれ以上名前を呼んではならないヴォルデモートではなく、自分の歌を歌う舞台を享受できる歌手になることを願っている。
のJYJ音楽、真に魅力的だ。
分かってみれば 彼らは依然として歌が上手い歌手だった。

(ソース 2014 8/8 ohmynews


実際、JYJを扱ったとはいえ小馬鹿にした番組でもあった
まじょ記事→ http://tohomystery.blog.fc2.com/blog-entry-1470.html

こんなネタじゃなく
芸能人として 当たり前に取り上げられていくなら実にうれしい






とは言え、
まだ、今後の見極めが肝心 と見ている人も多いというのが判りました
しかも、ジュンスのは"教育放送" ??


しかし この話題、、
ジェジュンファンの私めの今の本音は どうしたって 切なさ嬉しさ にござります


(ジュンスがどうとか言ってんじゃないですよ)
        ↑
      デカく書いとかんとな



ただただ、可哀想で、、
訳しながら うるっちゃって


はい 弱ってま~~~す











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